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バーの片隅で本を貸してくれた美人に何想ふ

2020年08月05日

今年の冬の事である。
ある女性から、文庫本を8冊ほど借りた。

彼女とは、時々バーで顔を合わせては何気ない世間話をしている。
あの日も、いつものようにカウンターで肩を並べて飲んでいた。
私は、何気にバックバーのスコッチの列を見ている振りをしながら、
思いっきり横目で彼女の美しい顔を拝む。
10分ほどで左目がヒクヒクと痙攣し始めた。

「最近忙しくて、小説を読む暇も無いわぁ」
彼女がつぶやき、ジン・ソニックを一口飲み下してため息をつく。
私は、超低価格サントリー角のトゥワイスアップを舐めながら、
渋みのある声で彼女に聞いてみようと声を発したところ、
「グフッ! ガハッ! ゲヘッ!」
つまんでいたポップコーンの殻が喉の奥に張り付いたのか、
吐くかと思うほどせき込みながら。
「チカちゃん、オエ!なんか、オッオッオッすすめの本ってガー!ガー!ある?ガー!」

チカちゃんは私を一瞥すらせず、
本のタイトルや作家名や感想を立て続けに語り出すもんだから、
私はせき込みながら慣れぬスマホのメモに打ち込む。
彼女は5冊分くらい語ると、
「今度、持ってくるわ」
私の顔を覗き込みながらニッと笑うもんだから、
私は涙目で「うん」と答えた。

1週間後、いつものように誰にも相手にされずに
ひとり静かに飲んでいると、
その人が文庫本8冊を携えてやってきた。
さて…
彼女が私に本を貸してくれたと言う事は、
「貸した本を返してね。その時、また会おうね」
という信号を送ってきているわけだ。
しかもだ。8冊もあるという事は、
「1冊ずつ読後感想を聞かせてね。8冊あるから…8回も会えるね」
と言っているようなもんだ。
もしかしたら、本のどこかに私への愛のメッセージなど…
妄想はこの辺にして、
借りた本の感想をいくつか述べる。

■『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午)

  花が散り若葉が出始める頃から新緑で覆われる時期までの桜の木を
「葉桜」と呼ぶ。
タイトルからして、はかなく散った初恋を偲ぶ恋愛小説、
といった趣があるが、とんでもない。
あ~腹が立つ! 腹が立つ!
2004年、ミステリー小説の賞を総なめにした長編推理恋愛小説と
いう売りである。
ここ40年、現代小説の推理ものや恋愛ものは読んだことが無く、
いやいや読んでやったというのに、ほんまに腹が立つ!
やられた。してやられたのだ。
あ~はめられた。そう来るとは思わなんだ。
散髪したての私のハゲ頭の後頭部を≪はつはり(注1)≫されるより
腹が立つ。
後ろから≪ひざかっくん(注2)≫されるよりも、す~と腹が立つ。
「小山くん」って呼ばれて右を向いたら友達の人差し指がホッペに
ささった時くらい腹が立つ小説だ。
これがまた、絶対にドラマ化・映画化が出来ない小説なのだ。
あ~!腹が立つ!

   

■『ぼくのメジャースプーン』(辻村深月)

特別な能力を持つ少年。
彼の幼馴染の少女がある事件を機に言葉と感情を失った。
少年は、少女とどう向き合っていくのか?
読むうちに、64歳の私が少年の心に同化して行くように
入り込んでしまった。
少年が行き詰まり…思い余って…
小さな心が潰れそうになり、ふと開放されたとき、
私は「うっ!」と嗚咽を漏らしてあふれる涙を止めることができなかった。
それは、ランチタイムに辛~い麻婆豆腐を口に入れた瞬間だった。
汗と涙と鼻水にまみれ、咳き込んで、私はむせぶように泣いていた。

■『カフーを待ちわびて』(原田マハ)

表紙を開けると作家の略歴。
『カフーを待ちわびて』第1回日本ラブストーリー大賞…
と書かれている。
私は、恋愛を中心に据えたいわゆる恋愛小説というものは嫌いである。
「も~、やめてよ~」と思ったのだが、
チカちゃんに読後の感想を語らなければならないので
読み進めることにした。
そして、はまってしまった。胸キュンキュンである。
まことに愛おしいのである。
久方ぶりにプラトニック・ラブがしたくなったのである。
沖縄で出会った男と女のお話さ~。
あ~! 沖縄に行きたいさ~!

以上。

(注1)≪はつはり≫は、たぶん大阪の子供の文化。
散髪したての子の後頭部を後ろから平手ではたくという
訳の分からない奇襲攻撃。絶壁の私は、されるのが嫌だった。
(注2)≪ひざかっくん≫は、後ろからそっと近づき、
相手の膝の裏を自分の膝で押して、
体のバランスを崩すイタズラ。
された者は、顔は笑っているが心の中は煮えくり返っている。